« 破れてばっかり | トップページ | MTBerの成熟 »

2010年3月 3日 (水)

霧の裏山

Cimg9611mist朝からかかっていた霧が午後もずーっと晴れないまま。こうなると裏山も急に夢幻境の様相を帯びる感じ。こうなると水墨画の世界を思うのはやっぱり日本人ということか。

artガハクと自称してはいても描くのは油絵ばかりで水墨画には疎いわたくし、でも山水画の画集が一冊だけ家にある。油絵の画集だってそんなにまともなものは持ってないのに、それは限定本というやつでずいぶん立派な装幀をしている。実はkyoちゃんの母親の遺品なのですわ。
『石濤 黄山八勝画冊』(筑摩書房)

趣味に絵や書を書いていた彼女。晩年になって手に入れたこの本を見ながら何を思っていたんだろう?娘が芸術の道に進んだので内心期待もしていたんだね。
何を?って、当然たゆまぬ美と真理の探究と発見でしょうが!

book本と言えば、最近ちょこちょこ読んでいるのは、
吉本隆明著『定本 言語にとって美とは何かⅡ』
この人をすごく尊敬しているので著作もできれば全部読みたいと思う。でもどれも難しい。それでも読んでると分かる箇所が時々ある。それでさらに読み続ける。
今日思った---
腑に落ちないことがある。そこに書かれている論理は分かってもそれが分かったからって何になるんだろう?ということ。でも分かるということそれ自体が楽しい。

bicycleこの感じ。ちょうどウィリーなんか練習している時の感覚に似てるところがある。うまくできたりできなかったり、できない理由が分かってもできた理由が分からなかったり。でもふと思う、こんなことできたからって何になる?

「それ自体が楽しいんだよ。何になる?それできないヤツが必ず言うセリフ」と2チャンにあった。名言だ。(画)

|

« 破れてばっかり | トップページ | MTBerの成熟 »

山で出会うもの」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 破れてばっかり | トップページ | MTBerの成熟 »